2000年10.26関連ニュース

◆金載圭・名誉回復運動発足

金載圭名誉回復推進委員会発足

 10.26事態の主犯で死刑判決を受け、処刑された金載圭元中央情報部長の名誉回復推進委員会が発足した。
 天主教正義具現全国司祭壇と10.26事件の弁護団、 光州・全南「松竹会」会員らは23日、金載圭元部長追慕20周期を迎えるに当たって、金載圭元中央情報部長の名誉回復推進委員会を発足させると明らかにした。金ボムテ執行委員長は、「朴正煕政権を終結させたにも関わらず、新軍部により死刑判決を受けた金元部長に対する歴史的な再評価がなされなければならない」、「名誉回復の一環として当時の裁判過程と証人等の法廷陳述を公開する計画だ」と話した。金載圭元部長の20周期追慕祭は24日午後12時30分に京畿道廣州三星公園墓地で開かれる。

[2000年5月23日:朝鮮日報]

解説「松竹会」
 光州や全羅南道等、軍事政権時代に陽の目を浴びなかった地域の在野人士達を中心に結成された集会。1963年に弁護士や元官吏などのメンバーで結成された「三原契」に端を発し、74年に「松竹契」に改編、83年に第五共和国下の弾圧によって解散を表明したが、別名で活動を続けて88年に再結成した。現在の会長は朴ミンギ氏。「金大中拉致事件」にも取り組むなど反政府運動を秘密裏に展開してきた「松竹会」が金載圭復権運動を行なうきっかけとなったのは、金が10.26の数ヶ月前に行なった前方視察の時に書いたという直筆メモ。尹普善氏から入手したそのメモには、「朴正煕政権の独裁はあってはならない」と書かれていたという。
 朴正煕軍事独裁政権を倒した金載圭を英雄とみなしてマジメに信奉しているが、10.26が起きて単純に喜んでいる訳ではなく、具体的な情報を収集した上での活動らしい。これまでも89年1月には、民主化前には絶対に許されなかった金載圭の墓碑を建立するなどの活動を行なってきたが、この墓碑も何者かによって倒壊させられるなど、朴正煕支持者との摩擦は絶えない。朴正煕に対する評価自体が真っ二つに分かれており、朴を射殺した金載圭に対する評価も相変わらず定まりそうにない。

金載圭氏の「名誉回復」

 月刊誌「新東亜」は、96年10月号で「金載圭特集」と共に彼の最後陳述を含んだ肉声録音テ―プを公開した。10.26事件が起きて以来17年ぶりの初公開である。「新東亜」編集部には数多くの読者による電話が殺到。当時「新東亜」編集長だった筆者(※チョン・ジヌ論説委員)に、一読者が行なった要望は未だ記憶に鮮明である。「金載圭氏の最終陳述を聞いたが、私達がそれまで彼に対してどれほど誤解していたか思い知らされた。恥ずかしいことだ。彼の名誉回復のために努めて欲しい」
 金載圭の最終陳述は甲高い声に力が篭っていた。「韓国は自由民主主義国家でなければなりません。ところが72年の維新と共に訳もなく抹殺されてしまいました。そのようにして維新体制は国民のための体制でなく、朴正煕大統領閣下の永久執権を保障するための体制になってしまったのです。私は、民主主義国家においては、大統領と言えども、自由民主主義を守る義務と責任はあっても、これを抹消する権限は誰からも受けられないし、絶対あってはならないと考えます」
 そうして彼は「野獣の心で“維新の心臓”を射った」という。
 しかし、その翌年に押し寄せてきた経済危機は、いわゆる“朴正煕 シンドローム”を呼び起こし、そのような社会的状況の中で慎重に議論されていた「金載圭名誉回復」は水面下に葬られた。それどころか、金氏を追慕する「松竹会」会員らが南漢山城公園墓地にある彼の墓に極秘裏に立てた墓碑までも何者かにより倒壊された。
 天主教正義具現司祭壇を中心にした「10.26歴史的再評価と金載圭元中央情報部長名誉推進委員会」が新しく結成されたという消息がある。この委員会の人々は、昨日金載圭氏の20周期追慕祭を開いて彼の名誉回復に立ち上がったという。軍法会議裁判部が下した判決通り金載圭は「国家と民族に対する反逆罪」を企てたのか、そうでなかったとしたら、彼が主張したように朴正煕維新独裁を終結させる“革命”を行なったのか?この先、彼に対する歴史的再評価がなされるべきである。「過去に目を閉じる者は現在も盲目であるしかない」とは、ワイツゼッカー元ドイツ大統領の言葉である。

[2000年5月24日:東亜日報]

自民連議員が金載圭名誉回復を糾弾

 自民連院外地区党委員長らを中心とする「緑色会」(会長・李テソプ)は、23日夕方、市内某ホテルでの創立2周年の集会で、一部の宗教団体による金載圭元中央情報部長名誉回復運動を糾弾する活動を展開することを決議した。
 緑色会会員100余名は、「最近、ある宗教団体が“金載圭元中央情報部長の名誉回復推進委員会”を結成したことは朴正煕大統領の民族中興業績を侮辱する行為である」とし、「これを糾弾する運動を全国的に拡散し展開しよう」という決議文を採択した。
 緑色会は朴大統領が主張した自然保護運動を継承するという名分で作られた自民連内による親睦団体で、この日の集会には金ジョンホ総裁代行などが参加した。

[2000年6月23日:朝鮮日報]



◆週刊誌「ニュースメイカー」が金載圭特集

 1999年10月26日は朴正煕大統領逝去20周年に当たる日であったが、2000年5月24日は大統領を射殺した金載圭元中央情報部長の処刑執行から20周年に当たる日である。京郷新聞社が発行する週刊誌「ニュースメイカー」が、その日を記念して金載圭の特集を組んだ(通巻376号)。内容は「松竹会」を中心とした金載圭名誉回復運動と金載圭周辺の人々へのインタビュー等で、専ら金載圭寄りの視点で編集されている。

復活する金載圭!
◇2000年金載圭が復活する
◇インタビュー/
金載圭元中央情報部長追慕集会「松竹会」幹事
◇挫折して芽生えた「名誉回復推進委員会」
◇我々は名誉を乞わない―金載圭の遺族
◇インタビュー/当時弁護を引き受けた姜信玉弁護士
◇「彼は不義に耐えられぬ人だった」
―周辺の人が話す人間・金載圭

解説「ニュースメイカー」
 京郷新聞社が発行する週刊誌で、韓国内では頻繁に見かけるが、日本国内の韓国の出版物を置いている図書館を尋ね回ってみてもことごとく不発で国内では入手困難であることが判明した。現在では、公式サイトでもこの記事を閲覧する事はできないようだ。



◆朴正煕記念館を巡って賛否両論

朴正煕記念館、ソウル市内上岩新都市に建設決定

 朴正煕元大統領を記念する「朴正煕大統領記念館」の建設予定地が2002年W杯の競技場が建設されるソウル市麻浦区上岩地区平和の公園に決定した。
 「朴正煕大統領記念事業会」(会長・申鉉碻元国務総理)は、19日、青瓦台で、民主党権魯甲(クォン・ノガプ)常任顧問、韓光玉(ハン・グァンオク)大統領秘書室長、南宮鎭(ナムグン・ジン)大統領政務首席秘書官、崔仁基(チョエ・インギ)行政自治副長官らが参加する中で会議を開き、このように決定した。
 敷地五千坪、建坪八百坪程の広さで建設される記念館は、“歴史記録館”或いは、“資料館”としての機能を備える予定。建設費は 約七百億ウォンで、この内の二百億ウォンは政府が支援し、残りの五百億ウォンは記念事業会が汎国民的募金運動を通じて用意する計画だ。

[2000年7月19日:東亜日報]

「朴正煕記念館に寄付しない」77.8%

 朴正煕元大統領記念館建設を控えて論議が沸騰している。朴大統領記念事業会側は記念館建設に必要とする費用七百億ウォンの内五百億ウォンを国民の募金で充当するという計画だ。東亜日報が20日から27日までに東亜DASK'UM・NETIZENを対象に、朴大統領記念館 建設募金運動に参加する意向があるかどうかを尋ねた結果、1万9634人の回答が得られた。結果は「(募金の意思が)ない」77.8%、「ある」が22.2%だった。

[2000年7月27日:東亜日報]

市民社会団体ら“朴正煕記念館反対国民連帯”結成

 経実連、緑色連合、民族問題研究所、民主労総、全国農民会総連盟、民主化のための全国教授協議会等248の市民・社会団体は28日 午後、ソウル市明洞ヒャンニン教会で「朴正煕記念館反対国民連帯」を結成した。
 国民連帯は結成宣言文を通じて「朴正煕記念館推進は反統一的、反民族的既得権勢力等による数えきれないほどの犯罪行為を正当化する暴挙であり、民族史を蹂躙する犯罪行為」と語り、“金大中大統領の朴正煕記念館建設推進委名誉会長職辞退”、“朴正煕記念館建設中断”、“政府の記念館建設支援計画取消”などを促した。更に、「朴正煕は決して記念する人物でなく、むしろ植民地と、分断や南北対決へと続いた汚辱の20世紀を克服して21世紀の 新しい地平を開くために、必ず清算されなければならない対象であるだけだ」とし、「あらゆる良心勢力を結集し、記念館建設反対と“歴史の正義実現のための汎国民運動”を展開する」と明らかにした。
 国民連帯は権ヨンギル民主労働党代表、ホン・グンス牧師、咸セウン神父、ジングァン僧侶、郭テヨン四月革命会共同議長などを常任共同代表とし、韓勝憲元監査院長、韓ワンサン元統一副総理、シン・ギョンニム詩人、朴ヒョンギュ牧師、李ヨンヒ・姜萬吉教授等、各界の権威を 顧問団に推戴し、常任執行委員長に朴ソグン観丘民主フォーラム代表とチョ・ヒヨン・ソンゴン会大教授などを任命した。結成式を終えた後、明洞聖堂前で朴正煕記念館建設糾弾大会を開いてソウル市庁前までデモ行進を繰り広げた。

[2000年9月28日:連合ニュース]

解説「朴正煕シンドローム」
 ここのところの経済不況で、韓国内では“朴正煕シンドローム”なるものが巻き起こっている。60〜70年代にかけて「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長に導き、韓国に豊さをもたらした功績のある指導者として朴正煕が再評価されているのである。特に軍政時代の記憶が薄い若い世代ほど朴正煕に対する抵抗感が無くなってきている。現在、韓国史上最も人気のある人物とも言われていて、夫人・陸英修も当時から人気の高いファーストレディだったために、夫婦揃って韓国の英雄となっている訳だ。
 しかしながら、新たな波紋も起こっている。朴正煕軍政同時代を生きた言論人などは、朴正煕に対するアレルギーがことのほか強い。記念館に対する反対運動も当然ながら起こってくる。上記2番目の記事は、“反朴”的要素の強い東亜日報から抜粋しているため、朴正煕記念館反対派が多いように感じられるが、朝鮮日報あたりで調査した場合では、もっと賛成派の率が増えるものと推測できる。
 それにしても、朴正煕時代に辛酸を舐めた金大中大統領までが、記念館設立の先頭に立っているとは何という皮肉だろうか。



◆金桂元が国立墓地問題で訴訟

「国立墓地安置の権利与えよ」――元将軍5人が訴訟

 10.26事件当時、大統領秘書室長を歴任した金桂元氏(77)と5.16軍事クーデター後、陸軍参謀総長を務めた張都暎氏(77)ら退役将軍5人は、国立墓地に安置される権利を与えるよう、国防部長官を相手取り、ソウル行政法院に訴訟を提出した。
 彼らは、訴訟で、「5.16や12.12クーデター等で有罪判決を受けたが、全員赦免復権している」とし、「復権後5年も過ぎ、軍服務中に戦果を認められて勲章を受けているにも関わらず、国防部が国立墓地安置を認めないことは不当である」と主張した。国防部はこれに対して「禁固以上の刑を受けた前科がある場合は、赦免復権していても国立墓地に安置することは出来ない」と明らかにしている。

[2000年8月25日:朝鮮日報]



◆金載圭の元愛人、詐欺罪で拘束

姜信祖元議員と金載圭氏の愛人を詐欺罪で摘発

 ソウル地検刑事1部(李福泰部長検事)は28日、青瓦台関連組織の会社を運営したかの様に見せかけ、外資誘致経費名目で 一億ウォンを騙し取った14代国会議員・姜信祖(65)氏と姜氏からこの金を受け取って七千万ウォンを 引き出した張貞伊(73、女、無職)氏等3人を詐欺、横領容疑で拘束起訴した。
 張氏は朴正煕元大統領を暗殺した金載圭元中央情報部長の内縁の妻で第三共和国の料亭政治施設「花園」「都城」「大願閣」等の高級料亭を経営しながら当時の政・官系の中心人物等と交友を持った人物として知られている。
 検察によると、姜氏等は去る3月24日李某氏に接近、 青瓦台関連の会社を運営しながら外資誘致業務を担当していると語り、「忠清南道保寧市大川海水浴場内のホテル敷地買入資金として外資二千万ドルを買い入れて銀行に預けているが、借款引出に必要とする弁護士の経費一億ウォンを貸してくれれば一週間内に二億ウォンを返す」と偽り、李氏から 一億ウォンを受け取って横領した疑い。張氏は 一億ウォンを姜氏から受け取り、自分の口座に保管したその同月27日に七千万ウォンを引出して横領した疑いをかけられている。検察は姜氏らが青瓦台を偽称して朴某氏からも六千万ウォンを横領した疑いがあり、他にも被害者がいるという情報提供により捜査を拡大している。
 姜氏は検察で、「事業を行なうために経費を借りて使っただけで詐欺の意図はなかった」と主張したことが伝えられている。しかし、検察関係者は、「姜氏と張氏は第三共和国時代からの顔見知りで、張氏も姜氏の詐欺劇を知っていたようだ」と話した。
 経済企画院官僚出身の姜氏は国防部第二次官補、造幣公社社長 などを経て、92年の総選挙に民自党(慶尚北道・英陽)から出馬、当選した。

[2000年9月28日:韓国日報]

解説「張貞伊」
 張貞伊(チャン・ジョンイ)は、朴正煕大統領射殺事件主犯・金載圭の内縁の妻だったことで知られている女性。彼女の存在が最初に公になったのは、金載圭が逮捕拘束された後、合同捜査本部による調査によって金載圭の不正行為などが明かされた時である。95年に放送された実録政治ドラマ「第4共和国」(MBC)の第1回でも、この張貞伊が登場するところを見ると、韓国内ではかなり知られた存在である模様。
 彼女は現北朝鮮・平安道出身で“モンペ”と渾名されるほどの働き者。練炭配達から身を起こして高級料亭を経営していたが、当時陸軍保安司令官だった金載圭が客として出入りしている内に、二人は関係を持つようになる。その後、張貞伊は男児を出産。金載圭は10.26事件当時まで度々内縁の妻子の元に通っていたという。金載圭は張貞伊に新しい料亭を買い与えて経営させていたようだが、その料亭の一つは大統領もよく利用し、朴正煕時代における“料亭政治”の舞台として有名な場所になった。

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