MBC「第5共和国」(2005年)
10.26展開編
◆劇画タッチのファクト・フィクション

 前作では、寝巻き姿で素振りをしていた朴正熙。今作では、着物姿での素振り場面からドラマチックに登場する。
 「第5共和国」における朴正熙は、主役ではない。従って、農村視察といった彼の最期の一日に関する描写は削除されている。それでも、朴正熙は、死後も各人の回想場面に登場し、亡き夫人の肖像に手を置いて涙を見せるなどの人間臭さを見せている。




夫人の遺影に手を置いて、その死を悼む朴正熙。


 李チャンファンは、前作「第4共和国」に続いての朴正熙役である。彼は他の作品も含めて4度目の朴正熙役なのだそうだ。だとしたら、最早専門分野とも言っていいほどであるが、前作から10年も経っただけあって、今作では益々リアリティーに富んだ役回りとなった。これまで、何人もの朴正熙ソックリさんが彼を演じたが、「4共」の項でも書いたように、李チャンファンから滲み出る、“人間・朴正熙”は群を抜いている。小柄でありながらも、鷹のような鋭気を持った朴正熙。李チャンファンが魅せるのは、むしろ鋭気よりは孤独感であるが、彼は叱責の演技にも迫力があり、本人同様に、小柄ながらも一種のカリスマ性を発揮していた。



車智Kはここでも奸臣…。


 10.26を描くに当たって、絶対に避けて通れないテーマが、金載圭と車智Kの険悪な関係である。「コリアゲート」では、金載圭が一方的に車智Kに苛められる役回りだった。前作「第4共和国」では、二人は度々口論を繰り返していたが、関係は互角といった感じだった。今作では、金載圭が車智Kにやり込められるハメになるのだが、マヌケに描かれているのは、絶対的に車智Kの方である。車智Kの初登場は朝の厳粛な礼拝場面だったが、それは、ドラマではほとんどポーズに近い。
 金載圭側が車智K側に電話をかける。車智Kの秘書官(?)が電話に出て、車に受話器を渡す。ところが、いざ彼が出てみると、相手は金載圭の秘書官(だったかどうか定かではないが)で、それから金に受話器を渡すではないか。これに怒った車智Kは、電話を切ってしまうのだ。その後、彼は秘書官に暴行を加える。「俺を待たせていいのは、大統領閣下だけだ!」と。この後の電話では、イヤらしくも車智Kは、金載圭よりも後に出るのである。そして、用件が済むと、乱暴に受話器を切る非礼ぶりだ。
 今作で、金載圭は決して英雄的に扱われている訳でもないし、前作ほど憐れを催すような人物でもない。しかし、それでも、車智Kとの権力闘争では、車の方が悪者として扱われている。
 10.26直後の場面では、何の根拠もないのに、多くの人物が犯人は車智Kだと思い込んでいる。これは、現実でもそうだった。鄭昇和陸軍参謀総長も盧載鉉国防長官も、車智Kが犯人だと思っていたと証言している。詰まるところ、彼は現実的にそういった人間性だった事を表しているが、概して再現ドラマでは、輪をかけて滑稽な人間に描かれている。



宮井洞の“大行事”場面。申才順や沈守峰の服装や髪型は、前作よりも当時の様相に近い雰囲気だ。


 今作の宮井洞安家は豪華版だった。実際の安家がそうであったのだが、テレビだけは当時の古さ加減を呈していて、車智Kがわざわざ立ち上がってテレビのスイッチを点けに行くところが時代を物語っている。そうそう、リモコンはなかったのだ(笑)。



ストレスを溜め込むばかりの金載圭。この後ついに……。



最初に発砲する瞬間。


 「こんな虫けらのような奴と一緒に政治が行なえますか!?」
 金載圭が車智Kに向けて、最初に発砲する直前に発した台詞は、公開記録通りの言い回しであった。前作では、MBCが独自に調査したと言う、「この野郎、生意気だ!」という台詞であったが、今作では、そういった工夫は見せていない。




朴正熙を撃つ場面。


 前作では、金載圭は車智Kを撃った後、間をおかずに朴正熙に向けて発砲。今作ではかなりの間があった。金載圭の迷いを表現したものなのか。



二人の女性に抱えられる朴正熙。



この視点のまま、朴正熙は金載圭に撃たれる。


 断末魔の朴正熙。この時の李チャンファンの演技は真に迫るものがあった。「4共」では、最期の発砲場面は返り血を浴びる金載圭で表現していたが、今作では、朴正熙の顔を映したままだった。銃声と、血がしたたり落ちる“音”のみで表現した。血液が飛び散る様を控えめに表現する事で、逆に息を飲む場面を作り上げていた。

 ツッコミたいのは、金載圭の使用した拳銃だ。彼は、最初に使用したワルサーPPKが故障したために、部下の朴善浩から銃を奪って、それから再び宴会場に戻って、車智Kと朴正熙を撃ったのである。その時、使用した拳銃はS&Wの38口径リボルバーだった筈なのに、ドラマではポケットピストルのままであった。拳銃を交換した場面もわざわざ描いていたのに、何故こんな落度があったのだろうか。前作では、交換した拳銃の描写はリアルに描かれていたのだが。
 これは視聴者からも指摘されていたらしい。他にも、掘り炬燵になっている筈なのに、そうでなかったとか、全斗煥の名札にある漢字が「少将」ではなく「小将」になっていた等のミスが指摘されていた。




↑これが「小将」証拠画像。



「閣下を殺害した犯人は金載圭です!」
衝撃の告白をした金桂元。この後…。



当の金載圭が突然入ってくる!スリリングな場面である。


 大統領を守る事はできなかったが、命だけは何とか救おうとする金桂元の必死さは、彼の誠実な人柄を表している。10.26事件で、最も憐れを催す人物は金桂元という気がしないでもない。
 朴正熙が病院に搬送される一方で、車智Kは現実でもドラマでも蔑ろにされている。助かる見込みという点では、朴正熙よりも彼の方が、まだ可能性があった筈だ。しかし、ドラマでは、わざとらしく、朴正熙を運ぶ人々が倒れている彼の上を跨ぐ場面を描いている。




金桂元を脅し気味の金載圭。
そうそう、いちいちこうして人物名が字幕で出てくるんです。


 興味深い場面がある。金載圭は長官達相手に、必死で戒厳令宣布を提言する。しかし、長官達の同意はなかなか得られない。ここでドラマならではの展開を見せる。金載圭が口論相手の長官に向けて発砲するのだ。更に続けて、天井に向けて発砲し、彼らを暴力的に支配しようとするのである。
 これは金載圭の“妄想オチ”である。自身の思う通りに親展しない状況に苛立ちを感じた彼が一人妄想しているのである。この辺りの描写を取っても、ドラマの中で、金載圭という人物は妄想を冒す人物であると示唆しているようである(※実はこの妄想は金載圭ではなく、撃たれた側の金致烈が、当時感じた危機を表現したもの)。




朴正熙大統領逝去の報告を受ける軍人や長官たち。



グライスティーン駐韓米大使。
実物はハゲててヒョロッとした人です。


 そう言えば、前作では韓国語会話だった金載圭とアメリカ側の対面場面。今作では、何と英会話だった(そのせいで、イ・ハヌ氏の堪能な韓国語は聴けずじまい)。実際には、彼らは何語で話してたのだろうか?通訳はいたのだろうか?しかし、通訳がいたとしたら、証言者として現れても良さそうなものである。彼らは直接会話を行なっていたという事か。



遂に、逮捕される金載圭。



朴正熙の遺影。役者サンとか、こういうの複雑だろうな…。
この場面でヘンデル作曲「クセルクセス/ラルゴ」が流れて厳かな雰囲気。


 金載圭は逮捕され、陸軍保安司令部・西氷庫分室に連行される。皮肉な事に、そこはかつて彼自身が君臨した場所でもあった。西氷庫には、金載圭の部下だった者達がいた。前作では、あえて避けたものと思われる彼に対する拷問場面が、今作では具体的に描かれる。
 殺人や拷問といったエグい場面の連続は、現実的に起こった事の再現であるが、こういった過激な描写は、平和で安定した社会には悪影響を及ぼす惧れがある。このドラマは、史実を元にし、韓国人の関心を強く引く内容でありながら、一方で、15歳未満の視聴者には制限を設けなければならないものとなった。
 この後に起こる12.12事態は、非常な下克上の世界を描き、儒教的精神を大事にする韓国人にとっては、複雑な展開を見せる。お子様には益々見せたくない内容だ。
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