「第5共和国」と10.26に纏わる記事
◆「その時、その人々」vs「第5共和国」

 「第5共和国」と「その時、その人々」の共通点と相違点は?
 MBCドラマ「第5共和国」が話題の最中、23、24日に放送を開始した。特に、両日に放送された第1、2回は、朴正熙元大統領が殺害された10.26事件を描いた映画「その時、その人々」の事件概要と登場人物、時空間的背景が完全に一致して、映画ファン達と視聴者達の興味を引いた。

◇事件概要は正確に一致

 二つの作品が描いた事件概要はほぼ完璧に一致した。登場人物の行動と宮井洞安家等の建築物の配置までソックリで、両作品共に、徹底した考証を土台にしている事が立証された。

 「第5共和国」は、「その時、その人々」が実名を避けて設定した金載圭の随行秘書のミン大領(金ウンス)と中央情報部儀典担当主課長(韓石圭)の実際のモデルである、朴興柱大領(金ソンジュン)や朴善浩課長(金ヒョク)などの事件当日の行動を詳しく描いた。まるで「第5共和国」が「その時、その人々」のオリジナルテキストではないかというほどであった。結局、映画で虚構のように登場した組、端役まで皆、実存人物を土台にしている事が現れた格好だ。

◇重点はかなりの違い

 重点はかなり異なる。10.26事件の全貌を扱ったドラマの1、2回は、保安司令官だった全斗煥の集権及び統治過程を本格的に扱うためのプロローグ的な性格が濃かったが、映画では、核となる事件を完結的に描き出す事に焦点が合わせられていたからだ。
 「その時、その人々」は、釜馬事態に象徴される社会全般の葛藤が権力内部の紛争に繋がるまでの過程で、“映画的必然性”を権力内部の陰謀と裏切り、アイロニーとして追求する。大統領を含めた一部権力者層の親日、漁色行為などを不条理なコメディーとして描き出している。
 一方、「第5共和国」では、金載圭中央情報部長の“失敗に終わったクーデター”が、全斗煥保安司令官を筆頭とした新軍部の“成功した集権”に繋がる過程に焦点を合わせている。
 これによって、映画が、議論の的となっている朴大統領の私生活まで盛り込む一方、ドラマではあまり扱わず、むしろ映画の中では表面化しなかった新軍部勢力の動きを非常に綿密に描いている。



◇登場する人物、しない人物

 大統領と側近たち、中央情報部、警護室職員など、当時の権力者たちは、映画とドラマ、両方に共通して登場する。
 主要登場人物は、映画には出なかった人物達まで扱ったドラマの方が遥かに多い。映画の中で全く登場しなかったり、軽く言及される程度の人物が、ドラマではかなりの比重で登場する。槿惠、槿瑛、志晩などの朴大統領の子供たちと新軍部勢力の核心である全斗煥、張世東、許文道、許和平、全敬煥などがドラマにのみ登場する代表的な人物だ。

◇冷笑的なブラックユーモアと真摯な男のドラマ

 映画は権力闘争を行なう男たちを嘲弄と揶揄、冷笑の入り混じった視点で眺める一方、ドラマは歴史的人物達に対する“解釈”よりは、“権力闘争”の劇的な過程を再現するところに集中している。
 結局のところ、ブラックコメディである「その時、その人々」は、歴史の喜劇と個人の悲劇をくっきりと照らし合わせて、皮肉としか言いようがない感情を作り上げたのに対して、「第5共和国」では、失敗に終わったクーデターと成功した集権を比較して、権力の移動と闘争に纏わる雄雄しい男のドラマを構成した。これは、映画とドラマの“大衆性”の違いが成せる業でもある。

 映画は物議を醸した中、期待に及ばずの成績で終わったが、ドラマは話題の最中、順調な出足を見せた。“歴史的再評価”と“ドラマ的娯楽”。両方において成功を収められるかどうかが注目される。


[ヘラルド生々ニュース 2005年4月25日/リ・ヒョンソク記者]


◆「第5共和国」―今度は“金載圭論争”過熱

 放送開始から多くの話題を巻き起こしているMBCドラマ「第5共和国」。回を重ねるごとに、ネチズン(※ネットワーク市民)達の関心は高まっている。30日の第3回放送後には、金載圭に関する論争が過熱している。
 この日の放送では、金載圭が全斗煥に逮捕され、尋問を受ける場面が注目を集めた。
大統領を殺害した後、金載圭は総理を含む国務委員達に、戒厳令宣布を促した。しかし、国務会議では、戒厳令に消極的だった。自身の思惑と行き違う会議を見るにつけ、金載圭はますます苛立った。
 このような状況下で、陸軍参謀総長・鄭昇和は、大統領秘書室長・金桂元から、大統領を殺害した犯人は金載圭であるという事実を知らされる。鄭昇和は陸軍憲兵監・金晋基准将に、金載圭逮捕令を下し、全斗煥を合同捜査本部長として任命した。崔圭夏は、大統領権限代行を受け、済州島を除く全土に戒厳令を宣布した。
 一方、逮捕された金載圭は西氷庫分室に連行されていた。金載圭は、自身を逮捕した保安司を逆に威嚇した。
 「俺が閣下を殺したんだ。お前たちも気をつけろ。命は一つしかないぞ!」
 しかし、金載圭を捜査する責任を負った保安課捜査課長・李鶴捧中佐は、事件の全貌を明かすために、金載圭を苛酷な環境に置く事を指示した。
 「奴には背後がある。世の中が引っくり返れば、我々全員の命がない。あいつは大統領閣下殺人犯だ。命を賭けても全貌を暴け!」
 結局、新軍部にとって、金載圭は大統領を暗殺した逆賊に過ぎなかった。その後、金載圭は、自身を調査した部下から、 「敬語を使え」という恥辱的な言葉を聞かされるのである。彼は全身を震わせ怒りを露わにしたが、無駄な抵抗だった。拷問と屈辱的な仕打ちに、“飛ぶ鳥も落とす”と言われた権力の中枢であった中央情報部長・金載圭は無惨に崩れていった。



 この過程で、放送は朴正熙を暗殺した金載圭について、次のような評価を下した。
 「金載圭は維新の主体であり、朴正熙に育てられた第一の忠僕だった。後日、彼は法廷で民主化を叫び、『維新の心臓を撃った』と主張しているものの、それは死を前にして、生き延びるためにもがく人間の本能に過ぎなかった」
 このような放送の主張に、視聴者達の反応は行き違っている。金載圭を貶めるものだとする意見と、正当な評価だというもの。
 ある視聴者は、「大統領に次いで権力を持っていた金載圭が、その権力を倒した事には理由がある」と釜馬事態の深刻性と維新政権に対する失望を、その根拠とした。また、「中央情報部長としては、珍しく民主主義的な思考を持っていたし、話が解る」というアメリカ側の発言を引用した。
 これに対して、別の視聴者は、「1979年8月、金載圭が、YH貿易の女工達による新民党舎座り込みの時、強硬鎮圧を指示して、女工が飛び降り自殺をするなど、政局を凍てつかせる方向に持って行った」とし、金載圭は民主化と距離があると主張した。また、時局対策会議では、度を超した強硬策を大統領に建議して、公に叱責を受けた事もあると付け加えた。
 他にも、視聴者達は、「車智Kとの関係に囚われた偶発的な事件」、「結果的に金載圭が民主化を先延ばしにした」、「アメリカに利用された」など多様な意見を提示した。
 興味深い事実は、昨年4月に放送されたMBC「今は話せる」が、ドラマと異なる評価を下したという事。
 当時の「今は話せる」の制作チームは、金載圭の法廷陳述をある程度の真実として受け入れた。民主化に好意的だったというアメリカの評価、張俊河、金寿煥枢機卿など、当時の民主化人士と交流し、一定部分の影響を受けたという点を、その根拠として取り上げた。また、10.26以前に、金載圭が維新憲法に反発して、朴正熙を監禁しようと考えていたという一部の主張を引用したりした。
 金載圭についての、このような論争は、暫く続くように見える。各意見が、それなりに妥当性を持っているだけに、容易く確認できない部分であるからだ。ただ、金載圭には、執権意思があまりなかったというところは、多くのネチズン達が同意していた。故に金載圭の評価は、益々曖昧になっているのかもしれない。


[トキメディア 2005年5月2日/TVリポート チン・ジョングン記者]
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