WIN金桂元インタビュー第4回
宮井洞 唯一の 生存者 ・金桂元「私は 新軍部 執権野望 犠牲者第1号」

◆金載圭は断じて愚かな奴ではない

――金載圭が何故金室長に嘘をついたと考えるのですか?
金桂元:そうですね…、私は金載圭が嘘をついたとは思ってません。当時の、彼の態度や顔の表情などを見て実際にそう思うのです。金載圭は、その会話のすぐ後に車智Kの事を罵り始めました。「車智K、こいつはわざとやってるんじゃないのか」と。

――今でも金載圭が事前に計画した犯行ではないと信じているのですか?
金桂元:勿論です。私は金載圭のことをよく知っているが、そんな間抜けな人間ではありません。事を起こすつもりなら前もって入念に準備をした筈です。情報部長であればできる事なんです。計画的犯行であれば、事を起こした後で、あんな大雑把な行動をとりますか?現場を放置したままにしますか?保安維持が最優先だというのに現場を放置して、慌てたあまり上着もろくに着ないで靴もちぐはぐに履いて(※訳注:金載圭は靴を履かず裸足のまま出て行った)飛び出して行ったじゃないですか。決定的な証拠に、どうして何の準備もなく陸軍本部に車を行かせたのかという事です。あの時中央情報部に車を走らせれば、恐らく歴史は大きく変わったでしょう。

――金載圭が、性格的に異常があるとか、激情を抑えることができずに衝動的に暴力行為に出るところを過去に目撃したことがありますか?或いは、精神科で治療を受けるといった、そのような悩みを打ち明けられたことはありますか?
金桂元:聞いたことがありません。

――車智K警護室長の越権行為について大統領に建議したことがあったそうですが。
金桂元:わざわざ建議したわけではなく、他の話のついでに大統領に、「警護室長が政治問題に過度に関わっているようですが御存知ですか」と話したことがあります。

――その時の大統領の反応はどうでしたか。
金桂元:「車智Kは国会議員を務めていたので政治の事はよく知っている」とおっしゃっていました。それは、「君(金桂元)は政治のことがわからないのだから関わるな」という意味にとれました。そういう訳ですから、それから後は私にはなす術がありませんでした。私は当時、車智Kと金載圭のポストを変えるように建議しようとしたんです。そうすれば歴史が変わったかもしれないのに…、悔やんでも悔やみきれません。

――建議を実際に行なったんですか?
金桂元:その日(10月26日)、行事から帰って来たら報告するつもりでした。朴升圭(パク・スンギュ)民政首席にも話したことがあります。朴首席が(大統領の)家族の動向を毎週定期的に報告するので、そういった建議もついでにしてくれるように頼みました。「私の口からも言っておくので、君の方でも頼む」と。それなのに、その日の晩に事が起こってしまった。

――朴正熙大統領は、いつ亡くなったのですか?
金桂元:私の膝の上で亡くなったのではないでしょうか。金載圭が行ってしまった後、すぐに朴大統領を車で国軍ソウル地区病院に搬送しましたが、その車の中で亡くなったようです。後になってわかったのですが、車を運転していた奴が専属の運転士ではなく、中央情報部要員の柳成玉(ユ・ソンオク)でした。そのため運転が非常に不慣れで随分遅れてしまった事を覚えています。

 その時の、病院へ搬送するまでの道のりは論議の対象にもなった。金桂元室長は、逮捕されて取り調べを受ける際、青瓦台の表通りを行かずに中央庁へ戻ったことが意図的に時間を長引かせるための手段だったのではないかと捜査官たちから責められたのだ。

金桂元:青瓦台の表通りには検問所が二ヶ所あるのです。そちらに行ったとしたら、検問の兵士に事情をいちいち説明しなければならなくなる。そんな時間が何処にありますか。状況を知らないからそんなことが言えるんですよ。

――亡くなる前に大統領は何の御言葉も無かったのですか?
金桂元:意識が無かったようです。「ウン、ウン」という呻き声が僅かに聞こえたような気がします。

――獄中にいる時や出獄した後に、その当時の状況を何度かじっくりと思い出してみて感慨にふけることはありませんか?
金桂元:いいえ、わざと考えないようにしました。私にとっては辛いだけの思い出なんです。(事件後に)その場所に行ったことはありますよ。現場検証の時ですがね。でも酷くて見る事もできなかった。それでもね、何故か突然、ふと思い出してしまう時があるんです。その時は、「ああ、本当にあんな修羅場で生き残ったんだなぁ」と思いますよ。

 大統領を病院に搬送して青瓦台に戻って来た金桂元秘書室長は、李在田(イ・ジェジョン)警護室次長を呼んで警護室を指揮するように指示したが、大統領と警護室長が金載圭の銃弾によって死亡したという事までは話さなかった。また、緊急招集によって青瓦台に駆けつけた秘書官や長官達にも、大統領閣下に‘有故(※事故があった)’という事を明らかにしただけで、事件の真相については口を閉ざしていた。そのせいで金室長は、金載圭が要求した保安維持に協力したという共謀容疑をかけられた。
 特に具滋春(ク・チャチュン)内務長官と金致烈(キム・チヨル)法務長官には大統領の安否を尋ねられたが、結局、治安維持を要請する以外には答えなかった。

 これについて金室長は、まず最初に青瓦台に駆けつけた崔圭夏総理に全てを報告し、「保安の維持が必要である」と建議した後だったので、大統領に起きた出来事を自分から明らかにできない状況だったと釈明している。
 特に警護室の頭領である警護室長が情報部長の手にかかって死んだなどという事が警護室に知られれば、警護室と中央情報部の武力衝突にもなりかねない状況が続いていた。ソウル一帯が戦場と化すかもしれない上、金載圭の行方もわからなくなり、下手に兵力動員などはできなかったという。この事が、金載圭と鄭昇和総長が宮井洞を去った後に、何故すぐに武力動員して金載圭を逮捕させなかったのかという疑問に対する金桂元室長の釈明である。


10.26事件の
現場検証を受ける金載圭。


◆交錯した証言、そして崔圭夏のミステリー

――金室長が有罪判決を受けたのは、当時の崔圭夏総理の証言が決定的だったといいます。あの時、崔総理に何と報告したのですか?
金桂元:金載圭と警護室長が争って、閣下が金載圭の‘誤って撃った’銃弾を受けてお亡くなりになったと報告しました。その時は、金載圭が故意に大統領を殺害したとは考えられなかったのです。また、「大統領が‘有故’ですから、これからは総理が権限代行(この言葉をそのまま使ったかどうか定かではないが、そのような趣旨のことを話した)ですから、秘書室長の私に命令を下して下さい」とも言ったと思います。けれども崔総理は何の措置も取り行ないませんでした。

――崔代行に金載圭が犯人であること釘を刺して報告したのですか?
金桂元:犯人であることを強調はしなかったが、金載圭の銃弾で閣下が亡くなったという点は明らかにしたと思います。

――後の裁判で、崔圭夏元大統領はどのように証言したのですか?
金桂元:書面で、「金桂元が虚偽の報告をした」と陳述したそうです。

[チョン・ジェリョン月刊WIN次長]

第5回に続く
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