沈守峰の回顧録
◆申才順に対抗?沈守峰も回顧録を出版

 申才順が自叙伝「そこに彼女がいたよ」を出版した同じ年(1994年)に、沈守峰も自叙伝「愛以外には私は知らない」を出版した。


長編告白小説
「愛以外には私は知らない」
(上・下)

沈守峰・著
文芸堂・刊


◆度々「大行事」に呼ばれた歌手

 本の冒頭には、やはりマスコミに対する不信感と、赤裸々に告白することへの抵抗が窺える。
 申才順の回顧録「そこに彼女がいたよ」が出版されたその年のうちに、まるで対抗馬の如く出版されたもう一人の10.26事件目撃者・沈守峰の回顧録。そのせいか、どことなく申才順との「悲劇のヒロイン」争いを臭わせている。
 美形の申才順と、何かと比較されてしまったせいなのか、事件当時の慌てふためく申才順の滑稽さを強調したり、現場検証での彼女の言動を戒めるなど、申才順を貶め、自身を美化する内容が鼻についてしまう。
 沈守峰が不美人だったため、「大行事」に呼ばれても、大統領との間に衝立をした上で歌わされたなどという酷な噂も出たようだが、沈守峰自身は、「大統領がそんな失礼な事をする筈がない」と否定している。

 注目すべき点は、金載圭が最初に発砲した時の沈守峰の状況把握である。何と彼女は、世間でそれまで調査され信じられてきたことを全面的に覆す発言をしたのだ。これまでは、晩餐の席で政治談義が行なわれている最中、金載圭が隣りの金桂元の腕をたたいて語りかけた後、車智Kに向かって発砲したというのが定説であった。金載圭自身が法廷でそのように陳述しているのである。しかし沈守峰は、「金載圭は嘘をついている。その時は大統領との対話も金桂元に対する言葉も無く、歌の最中に金載圭が発砲したのだ」と主張した。申才順までもが金載圭の虚偽の陳述に同意するようなことを書いていると語り、彼女は極度に不信感を持ったようだった。1995年にMBCで放送された実録政治ドラマ「第4共和国」では、この沈守峰の主張が採用されている。

 沈守峰は、著書の中では全般に金載圭に対しては否定的で、彼が法廷で民主主義を持ち上げて自身の行動を正当化したことにはひどく驚いたと書いている。また、金載圭の権威主義、好色などを臭わせる点についても言及している。一方で、彼女は、世間での嫌われ者・車智K警護室長に対しては好感を持っていたようだ。

 興味深い逸話も書かれている。沈守峰は偶然、車中のラジオで10.26に関する実録ドラマを耳にしたそうだ。

 車智K警護室長が金載圭中央情報部長に電話をする
 「今日の晩餐には沈守峰を呼んで下さい」
 金載圭が尋ねる
 「沈何とかって誰ですか」
 「あ〜あ、この頃よく出てくる歌手なのに知らないって言うんですか?」
 「そうかい?知らない名前だなぁ。いずれにしてもわかりましたよ」

 沈守峰は、この脚色された再現ドラマを聴いて苦笑せずにはいられなかったという。何故なら、芸能人である彼女は、大統領の「大行事」に呼ばれるのは10.26当事が初めてではなく、朴正煕や金載圭らとも面識があったからだ。そこが証人として、申才順との大きな違いでもあった。


◆MBCドキュメンタリーで新証言

 MBCドキュメンタリー「今は話せる/10.26宮井洞の人々」で、沈守峰は新しい証言をしている。
「晩餐で口論が起こり、険悪なムードだったとされてきましたが、実際はそうではなく、和やかに進行していました。でも、その中で金載圭部長だけは押し黙って深刻な表情をしていました。いつもなら挨拶を交わすのに、その日はありませんでした」
 沈守峰の新証言は、金載圭にとってはむしろ有利になるものだった。金載圭が突発的に弑害に及んだのではなく、当初から大統領暗殺を計画していた事を臭わせるからである。
 また彼女は、「沈守峰の証言はころころ変わって信用できない」と言われている点についても、捜査機関に脅されて真実を話せなかったと弁解している。
「その時、その人」の歌詞
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