朴正熙 最期の一日/第1章 最期の時間
◆第15話:海兵隊

 金載圭情報部長は、暗殺準備の指示を行なう際には、専ら朴善浩に向かって話をした。宮井洞内で警備兵力を管轄しているのが朴善浩であったからだ。大統領の警護員達を自身の指揮下で動く兵力の中に入れておいた彼が、その時の実質的な警護室長であった。部長随行秘書官・朴興柱大領は、この晩の二人の主役・金載圭と朴善浩が組んだ状況の下、受動的に従う役割であった。
 朴興柱大領の弁護士である太倫基(テ・ユンギ)が、一審の法廷で、「被告は現役軍人の身分で、単審で刑が確定するので、最後に言い残した事があればおっしゃって下さい」と言うと、朴興柱はこのように話した。
 「この件においては、事前の計画はありませんでした。急に言われて、そういった状況になった訳ですし、上司の命令に従って行動するものではないかと考えます」

 朴善浩も金載圭が晩餐会場に戻った後、苦悩に陥った。彼も、「総長が来ている上に、第二次長補までもが、いる筈がない時間に来ている。これは国内外の事情が緊迫しているのだ。部長が拳銃を携えて覚悟を決めた表情でいらっしゃるのだから、自分が拒絶すれば、成功しようがしまいが、何れにせよ生き残る道はない。部長は陸軍総長と共に流血のクーデターを行なうのだ」という考えに至った。朴善浩が見た限り、金載圭部長は単身でも行動するだろう。部長は、閣下も含むと言ったが、車智K警護室長のみ射殺し、閣下は拉致ぐらいに留めるのではないかとも考えてみた。警護員達への攻撃準備を行なうなら、乗用車・ジェミニに銃を搭載していれば2分もかからないので、始めは1時間を要求しようかとも思ったが、結局30分の余裕をくれと言った。
 朴善浩は控訴審で、「あの時、部長を撃つなり組み伏せるなりしなかった私を馬鹿者だと言う人もいるが、私はそんな背信者にはなりたくなかったのです」と語った。金載圭は法廷で、「命令とは選択的に受け入れるものではない。無条件的に従わせるために時間を置かず、強圧的に言いつけたのです」と話した。

 この日の朴善浩が取った行動を理解するためには、彼と金載圭との関係を知る必要がある。当時45歳だった朴善浩は、大邱の大倫中学校時代に体育教師をしていた金載圭と知り合った。
 朴善浩は1953年に海兵学校16期生として入学し、少尉として任官した後、派越青龍部隊大隊長、海兵ソウル保安部隊長、海兵司令部人事処長を経た。1973年10月10日に海兵隊が海軍に吸収統合される際、予備役に編入された。朴善浩は、師であった金載圭が3軍団長を務めていた頃には、中学時代の同級生たちと共に訪ねて挨拶を交わすなど、交流を続けていた。
 海兵隊に転役した翌年の1974年4月、彼は、当時情報部次長だった金載圭の助けで、情報部総務課長として就任した。金載圭が建設部長官となって出た後は、情報部釜山支部情報課長に異動した。記者は、当時、釜山で発行されていた国際新聞の社会部記者だった。1976年1月1日付社会面トップに、「浦項で油徴が発見された」という内容の記事を書いたため、朴善浩課長に調査を受けた事があったのだ。
 情報部が浦項で石油試掘をしていたのだが、油徴発見という事実は報道が禁止されていた時期であった。その時、記者の記憶に残っている朴善浩は、「スラリとした体躯を持った物腰の柔らかい紳士」であった。いわゆる機関員にありがちな、生意気な態度は感じられなかった。記者が悪くない待遇を受けたからだとも言えるのだが。
 朴善浩は、その年の初頭、釜山支部情報課長職を罷免された。釜山ではソウルから下った石鎭康(ソク・チンガン)検事が大々的な密輸捜査を指揮していた。密輸勢力を庇護していた情報部の職員たちも多数が調査対象となった。この検察捜査チームの動向を調べようとした朴善浩が盗聴をさせたのだが、これが情報部の内部監察に引っ掛かって辞める事になったのだ。
 朴善浩は、軍隊と情報部の厳格な上命下服関係によって縛られていただけではなく、金載圭とは義理と人情によっても運命的に繋がっていた。朴善浩は情報部釜山支部情報課長を免職された後、約1年の間、失業生活を送るのだが、この時も再び、情報部長に就任していた金載圭の助けを受けるのである。建設部長官を務めていた金部長は、朴善浩を現代建設のサウジアラビア・ジュベール港湾建設現場安全次長として就職させてやった。1977年4月の事であった。
 18ヶ月間勤務し、翌年2月に帰国した彼は、中央商事という油類輸入業の経営を始めた。その年の8月始め、金載圭部長の下で儀典課長を務めていた金仁泳(キム・イニョン)が彼の会社を訪ねて来た。
「情報部に戻って、また勤務するつもりはないか」
「どのような仕事ですか?」
「それはまだ判らないが、部長が良くして下さるだろう」
 朴善浩は、自分の会社が思わしくなかったので、情報部勤務の提案を承諾した。金ガプス室長は、その場で彼を部長室に連れて行った。金載圭部長は、彼に儀典課長のポストを申し入れた後、「今日から勤務しなさい」と告げた。その日の内に、金仁泳から課長職を引き継いだのである。このようにして朴善浩は、この歴史的事件に巻き込まれるようになったのだ。
 朴善浩は、軍検察尋問で、次のように話した。
「金部長は、本人の恩師で、職業も斡旋して下さり、本人を認め、大事にして下さったので、常日頃から感謝していました。「三国志」「大望」のような本をたくさん読みなさい、慎ましく生活しなさい、鼻が高い行動は慎みなさいなどと、良いお話を聞かされて来ましたので、普段から尊敬していました」
 朴善浩は、この日、金載圭を補佐し、電光石火の如く暗殺作戦を実行するに当たって、海兵隊の気質を如何なく発揮する。作戦の成否は、この男の行動次第であった。彼は、最初に受けた瞬間的な躊躇と苦悶をすぐさま乗り越えて、果敢な行動を開始する。朴善浩は、金載圭の暗殺指令を受けた後、小道の向こう側にあるカ棟と呼ばれる新館2階にある自身の事務室に行きながら、こんな事を考えていた。
「動員できる人選で、真っ先に浮かび上がったのが李基柱でした。彼は本人直属の警備責任担当者でしたし、海兵隊出身である事から、何を言っても従う人物でした。本人が儀典課長として赴任した後、警備職から管理職に異動させた事もあって、本人の恩恵を被ったのです。(合同捜査本部1次陳述)」
 彼は、カ棟1階の警備員控室を通って、2階の事務室に上がり、警備員管理責任者である李基柱を呼び出した。
「銃を1挺用意しろ」
[ 第16話へ続く ]
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