朴正熙 最期の一日/第1章 最期の時間
◆第16話:李基柱と柳成玉

 宮井洞の警備員管理責任者・李基柱(当時32歳)は、1階に下りて、警備員オム・ヒョンに「リボルバーは何処にあるか」と尋ねた。
「私が勤務用に携帯しているものが1挺あります」
「それを下さい」
「しかし、勤務用なので…」
「課長が用意しろとおっしゃってるのです」
 オム・ヒョンは腰にある拳銃を外して、渡してくれた。
 李基柱(イ・ギジュ)は、朴善浩同様に海兵隊出身で、テコンドー3段、柔道初段であった。他の警備員たちと共に、毎週水曜にはエアガンで射撃訓練を行なっていた。勤務中も腰に携帯している拳銃には常に実弾を装填していた。朴善浩課長からは、「指示があれば、所構わず撃て」という命令が下されていた。海兵隊出身同士の独特な人間関係もあって、李基柱は朴善浩の特別な配慮を受けていたのだ。
 朴善浩は李基柱から5連発38口径リボルバーとホルスターを借りて、シリンダーを開いて、5発装填されている事を確認した。銃をホルスターに入れてベルトに装着し腰に携帯しておいた。李基柱と共に1階に下りると、「M15で武装して来い。上着の中にしまえ」と彼に告げた。この時、朴善浩の目に留まった人物が、自身の乗用車の運転手を務めていた柳成玉(ユ・ソンオク)であった。
「見た瞬間、柳成玉は荒っぽい気性の持ち主で、勇敢で服従心が強かったので、彼を使う事に決めたのです(合同捜査本部陳述書)」という理由からである。
 朴善浩と李基柱は、控室入口にある武器庫に行った。警備員が渡してくれた機関小銃M15は、旧型のM16小銃の別称と推定される。15発が装填された弾倉1つを李基柱が受け取った。警備員管理責任者・李基柱はM15を上着の中に隠して外に出た。朴善浩は新館を出て建物の角を曲がり、道を渡ってから、従って来る李基柱に向かって突然、「柳成玉は銃を撃てるのか」と尋ねた。
「柳成玉は陸軍中領出身です。射撃が上手いかどうかは判りませんが、軍出身者だから最低限は撃てるのではないでしょうか」
「銃に実弾を装填して来いと言え」
 柳成玉は、その日の午後に東大門市場へ行って、惣菜を6万ウォン分を買って厨房に届けた後、控室で碁を打って過ごしていた。李基柱は待機室の門前に立っている警備員たちに、「課長が、柳成玉に拳銃を持って出て来いとおっしゃっている」と大声で伝えた。
 柳成玉は、急いで立ち上がり、オム・ヒョンにリボルバーが何処にあるか尋ねた。
「私が持っていた銃は課長に渡しました。あの部屋に置いてある銃は劉錫述(ユ・ソクスル)が持っていますよ」
 誰かが劉錫述から拳銃を受け取って、柳成玉に持って来てくれた。柳成玉は銃を受け取ると、腰に差しながら飛び出して来た。李基柱と柳成玉は、暗闇の中、秋の空気を吸いながら朴課長の後について行った。
「その銃を隠せ」
 朴善浩課長が李基柱に言った。彼は、M15をコートの中に隠そうと苦戦していたのだ。
 3人は本館正門を通り過ぎて、旧館に入り、くぐり戸を抜け、宴もたけなわであるナ棟裏庭へ向かった。この時の心境を、朴善浩は軍検察の尋問で、このように答えている。
「その時、本人は、李基柱と柳成玉をジェミニの中で待機させて、真っ直ぐナ棟へ来る事も出来たのですが、苛立ちや心細さを抑え切れず、本館で何度も立ち止まりながら、旧館を過ぎて、やっとナ棟へ立ち入りました」
 維新政権の核心人物4人が食事を摂っているナ棟の、真っ暗な裏庭の片隅へ歩きながら、朴善浩が言った。
「部長の指示だ。今日の仕事が上手くいったら、給料も上がるぞ。あの部屋の方向から、部長の撃つ音がしたら、君たちは厨房前で警備員らをおびき出せ」
「警備員たちが銃撃してきたらどうするんですか」
 李基柱が恐る恐る尋ねた。
「その時は撃ち返せ」
 言葉にはしてみたものの、胸の高鳴りを抑える事が難しいのは朴善浩も同じであった。朴課長は柳成玉に、「ジェミニを厨房の方に移動させておけ」と言った。
「厨房の前に車を移動させて、その中で待機しろ。警備員が何か言ってきたら、課長の指示だと言え。厨房前に立っている警備員らは中に追い込め。抵抗すれば射殺しろ」
 朴善浩は、ナ棟正門警備所に行ったら、警備に立っている徐永俊(ソ・ヨンジュン)に李基柱と交代させるように指示した。徐永俊は、20分も経たない内に交代させられる事を訝しげに思ったが、素直に従うしかなかった。朴善浩はナ棟に入っていき、状況を察してから、正門に立っている李基柱を見ると、上着の中からM15がはみ出しているので、拳銃を変えてくるように指示した。カ棟に逃げ出してしまおうかと考えていた李基柱は、朴課長から銃を変えてくるように言われて思い直したという。彼は法廷で、「一度、海兵であれば永遠の海兵です。課長が私を信任すれば拒絶することができますか。課長が、有事には命を賭けて忠誠しなさいと言ったので、従う考えになったのです」と述べた。
 彼は控訴審で、「よりにもよって、何で朴課長が自分にこんな事をさせたのか恨みもしたが、自分を信任したからこその結果だと、自身を慰めた」と述べた。
 少し前に、朴善浩と朴興柱が、金載圭から挙事を決行する旨を受けた時と全く同じ衝撃と狼狽を、今度は李基柱と柳成玉が感じていたのだ。李基柱は法廷で、「課長の指示があれば、誰であってもその場から駆けつけます」と述べた。弁護士が、「是か否か、選択の余地はなかったのですか」と尋ねると、「無条件的に従いました。上官の指示ですから無条件的に従い、その場で死ぬものと考えます」と答えた。
 柳成玉は当時36歳であった。京畿道高陽(キョンギド・コヤン)出身の彼は、不遇な少年時代を過ごした。生母は2歳の時に亡くなり、継母の下で成長した。中学2年で中退した後、近所の米軍工兵隊から出るゴミを拾い集め、それを売って生計を立てた。彼の父親は、山で薪を集めて、ソウルで売る行商をしていた。柳成玉は孤児も同然だった。彼にとって、軍隊はシェルターであると同時に、チャンスを掴む場でもあったのだ。
[ 第17話へ続く ]
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